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【隅田川花火大会の歴史】たまや、かぎやって何?


画像引用:https://kids.gakken.co.jp

花火が打ちあがるときに「たまや~」「かぎや~」という掛け声をかけることがあるのをご存知ですか?最近ではあまり見かけないですが、これにも隅田川の花火の歴史が関係しているのです。

 

先ほど、両国の花火が最初に打ち上げられたのは享保18年と説明しました。その時の花火を製造したのが鍵屋6代目篠原弥兵衛です。その後7代目鍵屋の番頭玉屋市兵衛が、暖簾わけにより玉屋を創業しました。玉屋、鍵屋は花火師の屋号だったのですね。

玉屋と鍵屋はそれぞれ別の場所から交互に打ち上げを競い、観客はいいと思った業者の名前を「玉屋」「鍵屋」と叫ぶようになりました。

 

その後、玉屋は失火により周囲を延焼させる事故を起こし、一代限りで断絶してしまったそうなのですが、にもかかわらず現在にも掛け声として残るのですから、当時の盛り上がりは相当なものだったろうと想像できますね。

 

【隅田川花火大会の歴史】いつから今のかたちになったの?


画像引用:http://www.sumida-gg.or.jp

江戸の時代から続けられてきた両国川開きの花火ですが、幕末や戦時中など、何度か中断をされています。そして昭和37年以降、高度経済成長の中、交通事情の悪化と、隅田川の水質汚染による臭害によって両国川開きが開催されなくなりました。

 

それでも、東京オリンピックが終了し、周辺の開発が落ち着いて隅田川の環境整備の効果が現れ始めた昭和40年代後半には、花火の復活を望む声が強くなってきました。しかし、交通や安全性の面から、以前と同じ両国橋周辺での打ち上げは難しくなったため、第一会場を言問橋と白髭橋の間、第二会場を厩橋と駒形橋の間とすることで、昭和53年に再開が決定されました。それに伴い、江戸から続いた「両国川開き」の名称は失われ、現在の「隅田川花火大会」に生まれ変わったのです。

 

【隅田川花火大会の歴史】花火は平和の象徴!


画像引用:https://upload.wikimedia.org

隅田川花火大会の歴史を紐解いてみましたが、いかがだったでしょう?そもそも戦場で火薬を使うことが少なくなったことが花火製造のきっかけだったり、幕末や戦中戦後の混乱期には開催されなかったり、交通事情や安全確保のために中止を余儀なくされたり…。途絶えることなくずっと続けられてきたわけではないということがわかりました。

 

私たちが今年も隅田川の花火を見上げることができるのは、平和で、環境や安全への配慮が十分にできるようになったからなのですね。今年、隅田川花火大会の鑑賞に出かけられる方は、そんなことを思い出しながら楽しんでいただけたら嬉しいです!

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