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youtubeでも織姫と彦星伝説の紙芝居が公開されています。
お子さんに伝えたい方はこれを一緒に見てみるといいですね!

織姫と彦星伝説のもとになったのは中国の伝説

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引用:http://www.tianqi.com/
織姫と彦星伝説のもととなったのは中国の伝説です。

中国では、織姫は「織女(しょくじょ)」彦星は「牽牛星(けんぎゅうせい)」と呼ばれていました。

これが日本に伝わってきて、織姫と彦星という名前に変わったようです。

ちなみに、夜空の星を見上げてみると、織姫は「ベガ」彦星は「アルタイル」と呼ばれています。
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引用:http://tokirabi.com/
二つの星を引き離すように、天の川が流れています。

写真では、上の星が織姫(ベガ)と、下の星が彦星(アルタイル)です。

七夕の夜は天の川を見ようというイベントが多いですが、
織姫と彦星の星を探してみるのも面白いですね!

どうして七夕というの?

七夕が中国から伝わってきたのは日本の奈良時代でした。

「牽牛星(けんぎゅうせい)」と「織女(しょくじょ)」の伝説と、
手芸や芸能の上達を祈願する中国の習俗(しゅうぞく:習慣・社会のならわし)が結び付けられ、日本固有の行事となったものです。

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引用:http://mugikusa.img.jugem.jp/
7月7日に着物などを織る女性の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」というお祭りが行われていて、そこで使われる織り機が「棚機(たなばた)」と呼ばれたことから、
時代の流れとともに「七夕」へと変化していった説。

712年に作られた日本最古の歴史書である古事記(こじき)には、
「多那婆多(たなばた)」という言葉が、「織女(着物を織る女性)」という意味で使われていました。

もう一つは、
五節句のひとつとして、宮中では「七夕:しちせき」と呼ばれたものが、のちに「たなばた」と
呼ばれるようにもなったこと。

また、
古くから農村地域では、豊作を祈り種をまく
「種播祭り(たなばたまつり)」が存在しているので、
宮中で行われていた「しちせき」が民間に広まった時に混同され、
たなばた」と呼ばれるようになったとも言われています。

天皇が七夕の夜に「織姫と彦星が出会うこと」を一晩中祈っていたという
文献もあるようなので、当時からすでに織姫と彦星の伝説が知られていたのだと思います。

織姫の仕事だった機織り(はたおり)にちなんで、織女のためのお祭りが開かれていたことにも由来します。

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